実在しない装置

θ=5 β=5

—作曲機械—
発端は二十年以上も昔である。一年に一枚のアルバムを作るのに七転八倒していた頃である。ひとたび曲作りに行き詰まれば数ヶ月の間悶絶することもしばしばだった。そんな未熟者の夢に現れたありがたい装置がある。この話は当時の会報にも書いたが、その装置はいまだに使われているから驚きだ。レコーディングも間近に迫った悶絶する未熟者の夢に現れたのは、場末の食堂であった。あれは店主の老人だったと思う。「これを使え」と言って私に差し出した小さな機械は、たばこケースほどの大きさで、上面前方に半球体を備え、箱の両側面に小さな金属の端子が付いた物だ。片手に持ち、親指と薬指で端子に触れると激しい電気ショックをくらわされる。その途端に曲のアイデアが降って湧くというありがたい装置だ。未熟者は夢の中でその装置に触れ、激しい電気ショックとともに飛び起きた。飛び起きた途端に夢から覚めてみると、曲ができそうな気がする。そのままレコーダーのある部屋に行き、楽器を持つとすらすらと曲ができてしまった。その装置は「作曲機械」と呼ばれるようになり、それ以来未熟者は長期間悶絶することは無くなった。曲作りに煮詰まると全てを放り投げ、目を閉じて作曲機械を想像する。そっと端子に指を触れ、シビレにシビれて時を待つ。必ず曲はやって来る。あれから20年以上も使い続けたが、未だに「作曲機械」の電池を交換した経験は無い。

—作詞装置—
発端は十五年以上も昔である。一つの歌詞を作るのに七転八倒していた頃である。ひとたび歌詞作りに行き詰まれば一週間は悶絶することもしばしばだった。そんな未熟者の夢に現れたありがたい装置がある。この話はまだ誰にもしていないが、その装置はいまだに使われているから驚きだ。レコーディング真っ最中にも関わらす歌詞ができずに悶絶する未熟者の夢に現れたのは砂漠だった。あれは姿の見えない女性の声だったと思う。砂漠にもかかわらずマンホールが有り、厚くて重たい鉄の蓋でふさがれていた。その声は「その蓋を開けなさい」と言ったと思う。重い蓋を開けると中は真っ暗だが、マグマのところまで通じていることが分かる。「その声」が次ぎに私を導いた場所には、パイプで組まれたピラミッドが有った。頂点に一つ、底辺の四つの角にそれぞれ一つずつ箱が付いている。「その声」は、「過去にあなたが作った歌詞の、ベスト5をそれぞれの箱に入れなさい」と言った。言われた通りにしてピラミッドの中に座っていると、突然マンホールから光りの柱が吹き上がる。びっくりして飛び起きた。飛び起きた途端に夢から覚めてみると、歌詞ができそうな気がする。そのままメモ帳を取ると歌詞ができてしまった。その装置は「作詞装置」と呼ばれるようになり、それ以来未熟者は長期間悶絶することは無くなった。歌詞作りに煮詰まると全てを放り投げ、目を閉じてあの砂漠を想像する。マンホールの蓋を開け、ピラミッドの中で時を待つ。必ず歌詞はやって来る。あれから十五年以上も使い続けたが、ピラミッドの箱に入れる「ベスト5 の歌詞」が毎回違うのは何故だ?