θ=6 β=4

私がΣ-12と初めてバスに乗ったのは9年前である。Σ-12は巡礼する機械だが、巡礼の動機は古今東西の巡礼者とは逆さまのようである。古今東西の巡礼者の目的をある偏りをもって要約したとしても、「自分を探す旅」とすることは完全な間違いでは無いはずだ。Σ-12は「他人」を探して旅をしていた。彼(彼女?)の下腹部にあるディスプレーに表示された言葉によれば、Σ-12は他人に会ったことが無いことになる。それがそもそも口論のきっかけであり、同時に、多分、私がΣ-12とバスに乗らなければならなくなったことのきっかけでもある。

その日の深夜、ソイ・バングラーの路上で私とΣ-12は口論していた。「私が他人でなければ何なのだ?」という私の問いかけに、彼(彼女?)は下腹部のディスプレーにこう表示した。

「人自ら幻影に所在を求める苦痛の語り部なり。生きることをやめ”語ることこそ己なり”と即死するなり。答え求めるなら己の在処まず示せコラ。」

そこで私は自分の胸のあたりをポンと叩いて「私ならここに居るが?」と言ったのだが、

「轢かれるぞバカ」

と、Σ-12のディスプレーに読み取れた時には既に遅く、次の瞬間私はソイ・カトゥーイから右折して来たダットサンの下敷きになっていた。

「痛いか?」

車の下敷きになって痛くないヤツがいるか。「あたりまえだろ、早く助けてくれ」と私は叫んだがΣ-12は意に介さず、

「じゃ、行こうか」

と表示してさっさと歩き出してしまったので私も急いで後に従った。私は振り向き、ダットサンの下敷きになっている私を指さし、「あれはどうするんだ?」とΣ-12に詰め寄ったが、

「語らしとけ」

と表示されたので、そうすることにした。我ながら器用なことをするもんだと誇らしげに歩いてると、Σ-12はディスプレーにこんな文字を何度もスクロールさせた。

「次の停留所で降りるゆえに」
「次の停留所で降りるゆえに」
「次の停留所で降りるゆえに」
「次の停留所で降りるゆえに」
「次の停留所で降りるゆえに」

いったい何が停留所だというのだ?我々は今ソイ・バングラーを歩いているところじゃないか。いよいよΣ-12も狂ったか、と思ったがここでまた口論になるのもしゃくなので、私も一緒にバスを降りた。降りたところはソイ・バングラーで、ちょうどソイ・カトゥーイからダットサンが右折しようとしているところだった。

「轢かれるぞバカ」

と、Σ-12のディスプレーに読み取れた時には既に遅く、次の瞬間私はダットサンの下敷きになっていた。以下この繰り返しが7年続く。ちょうど7年と7日が経った7月7日の7時7分に待望の変化が訪れた。Σ-12のディスプレーに今までと違う文字が現れたのだ。

「行くバスは行かぬ己を隠す魔境の弁士なり。両の手を打ち合わせばパチンと音が鳴る、では片手にはどんな音がある?」

7 年もバスに乗せたりダットサンに轢かせたりしたあげく今度はナゾナゾか。私は”片手にはもう片方の手の音がある”と答えたがその答えにΣ-12は満足したようだった。しかし彼(彼女?)はすぐに”それを知っていながら何故バスに乗った?”と表示して怒り出した。Σ-12が怒る姿を見たのは後にも先にもそれが最後だ。彼(彼女?)は怒ると音声を発して話すのである。その様たるやこうである。Σ-12は首の接合部から悪趣味な香水のニオイのするゲル状の液体を溢れさせ路面にボタボタと落とした。全身の皮膚の一枚下では何かが沸騰して泡だっているように見える。下あごが外れ、だらんと垂れ下がると、膨れあがった舌を奇妙に動かした。路面に落ちたゲル状の液体には蟻が群がっている。喉の奥から、コップの底に残ったわずかな液体をストローで吸い上げる時のような下品な音をさせ、懸命に声を出そうともがいた。ついに声帯の周りに付着したゲル状の液体をゴボゴボいわせながら異常な早口で彼(彼女?)がしゃべった言葉は、少なくとも日本語には聞こえなかった。よって、何をしゃべったのかは知らない。

私は訳が分からなくなって立ち上がると、ちょうどプーケット・タウン行きの最終バスが到着するところだった。もういいかげんホテルに帰って寝ようとΣ-12に言ったのだが、彼(彼女?)は月を見上げ、黙って吹き矢を吹いただけだった。私は更に訳が分からなくなり、Σ-12を残し一人バスに乗った。走り出すバスの窓から首を出し、”達者でな”と声をかけたことがΣ -12の何かを刺激したのだろうか。彼(彼女?)は猛烈な勢いで後頭部から何かが書かれた紙をプリントアウトし始めた。次から次へと大量にプリントアウトされる紙は走り出すバスにあおられて宙に舞った。私は首尾良く一枚をつかみ取り、Σ-12が見えなくなるまで窓から彼(彼女?)を見守っていた。大量のプリント紙を敷き詰めたソイ・バングラーが月光を反射するレフ板となり、暗闇で果てしなくプリントアウトするΣ-12を照らしていた。バスはパラダイの角を曲がり、Σ-12は視界から消えた。私はつかみ取ったプリント紙を広げて車内灯の明かりにかざした。プリント紙にはこう書かれていた。

「現は虚無の演目なり」

ろくな話じゃない。