パスの重き門-2

θ=6 β=4

—-消えましょう、喜んで—-

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パレードの日から遡ること3日前。我々がバンコクに到着した夜、約束の場所で待っていたLISA(仮名)はいつもと違っていた。髪を伸ばし、服装の趣味も違う。単なるイメチェンとも思ったが、その後食事のためにチャイナタウンへ移動しようとLISAの車に乗った瞬間、その違和感は一気に増大した。まず、車が違う。下品にすら見えるこれ見よがしの高級仕様。車内に並べられた悪趣味なぬいぐるみの数々。かつてLISAが「大キライ」と言っていた成金趣味とむさ苦しい装飾の”走る展覧会場”だ。

チャイナタウンのレストランに到着すると、LISAは嬉々として言った。「わたし、美容関係の店を開いたの!」なるほど、LISA変容の理由が少し読めたと思った。私は店の撮影と取材を申し出た。「いいけど・・でも毎日お客さんがいっぱいで・・」なるほど。しかしそれはウソだろう。私の読みは確信に一歩近づく。深入りはすまいと思ったところで、LISA自ら告白を始めた。「わたし、カトゥーイだと知られると困るんです」はい、確信得たり。

確信その1:LISAの変容、悪趣味な成金趣味は新しく出来た彼氏の趣味である。
確信その2:その男はLISAを女だと思っている間抜けである。
確信その3:LISAはその男から求婚されているはずである。
確信その4:開店資金はその男が出している。XX系のぼんぼんか・・・。

私はsato-kenに目配せする。sato-kenはうなずく。きまり悪そうな表情のLISAにヒラサワは言った。

「わかったよ。100%わかった。店には行かないから安心しろ」

ところで、あなたはこんな疑問を持たないか?つまり、黙っていればバレないのだから、単なる日本人の友人として取材を受け入れればいいじゃないか、と。しかし、それは危険だ。日本人の友人を持ち、達者な英語を話すアカ抜けた女は、私ならカトゥーイではないかとまず疑うね。

我々は大いに心配した。相手はどこの馬の骨なのか。しかし、それがどんなに危うくとも、カトゥーイにとっては夢の実現には違いない。野暮な詮索や説教はすまい。しくじらないことだけを祈ろう。何はともあれ、めでたいことだ。彼女はカトゥーイの職場を辞め、今は女として美容関係の仕事に専念している。私と sato-kenは秘密の目線を交わした。それには、こんな意味がある。「我々は今日を限りにLISAの周辺から姿を消すことにしよう。彼女のカトゥーイ時代の記憶と歴史とともにバッサリと消去されるべきだ。心から喜んで」

LISAはパスのカトゥーイとして一つのゴールに到達したのだった。大きな幸福であると同時に、最大の恐怖が潜むゴールに・・・。すでに深夜。いつもならLISAの車でホテルまで送ってもらうところだが、今回は辞退した。「早く帰りなさい、我々はタクシーを拾うから」これでLISAも我々の気持ちを100%理解したようだった。うつむいて「はい」と日本語でこたえたのであった。

ラーコーン ナ LISA。馬の骨が死ぬまで間抜けでありますように・・・。

★用語解説★

パス:どこからどう見ても女にしか見えず、日常的に女で通っているカトゥーイのこと。
ラーコーン:タイ語。長い別れの時に使われる挨拶。「ナ」は意味無し。