θ=5 β=5

引っ越し先は80人の細胞となり-6

さて、芸人さん達に夜更かしをさせてはいけない。Nengの朝は早く、それには訳がある。ダンサー達の給料は安く、客との記念撮影のチップでようやく暮らしが成り立っている程だ。女装のダンサーは写真撮影の需要が多いが、男装のダンサーはほとんどお声がかからない。従ってチップの収入が無いのだ。そのためにNengは朝からSIMONのセールスマネージャーとして働き、Webの管理や外国人からの問い合わせに対応するなどの仕事をして副収入を得る。総勢70名ほどのダンサー達は、SIMONの敷地内にある寮で暮らしている。ダンサーの収入だけではアパートなど借りられないからだ。8畳ほどの部屋に3人で生活し、キャリアを積んでようやく一人部屋を使えるようになる。人気のあるダンサーはチップの収入も多く、アパート生活が出来ることもある。Nengと知り合ってほぼ10年、彼はSIMONの寮を抜け出すためにあらゆる努力をして来た。日本人のように働き、こつこつをお金を貯めながら増収計画も着実に進めてきた。そしてついに先日、SIMONの近くに軒家を借りることができたのだった。私はお祝いをしたかったが、問題があった。Nengは決して私からお金や品物を受け取らない。しかし私は、彼が引っ越しや新居の体裁を作るのに大金を使ったことを知っている。もらうならお金がありがたいに決まっている。日本なら多少のお金を包んで引っ越し祝いとしても、親しい仲なら不自然ではなかろう。しかし、それでもNengは受け取らないだろう。そこでsato-kenが気を利かせた。多からず、少なからずの金額を私から見えない場所でNengに差し出し、「これはヒラサワから頼まれた。受け取ってもらえないとヒラサワに怒られる」と言ってごり押しした。Nengは3回ことわり、根負けして
受け取った。後は日本に帰ってから、新居に似合いそうな何かを送ろう。郵便なら拒絶できまい。

翌朝、ヒラサワが一人散歩に出かけている間、ホテルにNengが尋ねて来た。たまたまロビーに居たsato-kenと遭遇。Nengは、ダンサーの写真を大量に納めたCD- ROMを3枚と、私宛の手紙を置いて仕事に戻った。入れ違いでヒラサワが戻る。sato-kenはスイカ・ジュース。ヒラサワは熱いウーロン茶。ラウンジのソファーに腰掛け、あれやこれやを話しながら周囲を見回す。ん?思い出した。着いたときから、どこかで見たことのある光景だと思っていたこのホテル。あの日は夜で、大勢のカトゥーイたちと共にウロウロ歩き回った末に着いた場所。それは、このホテルだ。9人の内、一番始めに死んだJunが、いよいよ性転換手術を受けることになり、その祝杯を上げた場所だ。「ここなら静かでいい」と、行き当たりばったりで決めた場所だった。このラウンジで、10人近くのカトゥーイがJunを囲んで乾杯した。我々が今回このホテルを選んだのは単なる偶然だ。私は、あの日のホテルがここだとは思ってもいなかった。そんなことを sato-kenと話した後、私はCD-ROMと手紙を持って部屋に戻った。

ノートブックの電源を入れ、CD-ROMをドライブに入れる。大量の写真のスライドショーを見ながら、Nengからの手紙を読む。一本取られた。手紙には、こう書いてあった。
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Susumuへ。

Susumu からもらった引っ越しのお祝いを、80もの部屋の一つ一つに届けるにはどうすればいいか、頭をひねったのだ。今朝SIMONに来た配達の車を見て閃いたのさ。ボクはいそいでバイクに乗り、LOTUS MARTに走って行ったよ。LOTUS MARTじゃないとダメなのだ。ボクにだってスイッチをいれさせて欲しいからね。そこで何をしたと思う?夕方までにVITA-MILK(タイで売られている豆乳)を80本、SIMONに届けてもらうよう頼んだのさ。もちろん、あの引っ越し祝いで払ったよ。今日は中国旧正月の特別公演があるのだ。誰でも無料で見れる特別追加公演のために、70人のダンサーと10人の舞台スタッフに元気を付けてもらわなくてはね。ショーの前にみんなに飲んでもらおう。みんなにはSusumuからだと言うけどいいだろ?想像してみなよ、すごいぜ。LOTUS MARTから届いたSusumuのお祝いが、80人の細胞へと浸みわたるのだよ。

今夜は80人がSWITCHED-ONね。ホントホント。

Neng。
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妙な細工しおってからに。

vita-milk.gif

(完)