θ=6 β=4
初めて蔦木さんの歌う姿を見た時、その無防備さを恐怖したのは私です。この人には怖いものが無いのか。むしろ一切が怖くて防備を解いたのか。およそ人間の集落に住むものが一瞬たりとも見せてはいけないスキを発見した人がいるとすれば、それはこの人だと。全てのものを立ち止まらせる程に鋭いスキの牽制力という矛盾。あらゆるものに負けをもって立ち向かうパラドックスの凶器という一大事。いったい、こんなスゴイものの後にどのツラ下げてステージに立てばよいのかと、そう恐怖したのは私です。
「平和の敵、味方の飛行機」という悲鳴に串刺しになったのは私です。「飛行機」と悲鳴を上げるために準備されたはずの「平和の敵、味方の」という言葉。次の瞬間段取りは放棄され、たった今発見したかのような「飛行機」という悲鳴に専念する。放棄された段取りは聴衆の中で誇張され、もはやどこにも向かわなくなった「飛行機」という悲鳴に串刺しにされるという三重螺旋のパラドックス。そんなことを三秒で実行できるのはあなただけでしょう。平和の敵はいつでも味方の飛行機でした。今日もそうです。
心、溶かされたのは、むしろ私です。「心、溶かしてよ」までなら誰にでも許される。しかし、
「心、溶かしてよっほ〜ぅ」
は、あなたにしか許されない。その焼け野原にこそ似合う軽快さへの私の恐怖が、私を安らかにします。
私のアジトに侵入できたのは、蔦木兄弟だけです。
かつて私が暮らしていた亀有のアジトに侵入し、そっと突然ダンボールのレコードを置いていってくれました。極端にミュージシャンとの交流が少ない私ですが、この驚くべき兄弟とプライベートで交流できたことを誇りに思っています。しかも私の留守中に。
栄一さん、向こうはどうですか? あの世から、死んでいる私たちを眺めて楽しんでください。そして、贅沢は言いません。せめて私たちの冥福を祈ってください。
さようなら。