θ=4 β=6
生存可能、存在可能、行く先はここ—(新型Another Dayより)
「脱出の無い脱出」を目指して今を掘削する男にAstro-Hue!の姿がダブった。やっと彼を日本に連れて来れると思った。
今、彼と書いたが現地のSP-2達は彼を「彼女」と呼ぶ。「LIVE点呼する惑星」でAstro-Hue!を演じたRangのことだ。恐らくは西洋人の血が混じっていると思われるハンサムな風貌に心ときめかせたかも知れない女性達はお気の毒様。彼はゲイであり、関心の的は主として男性である。
今、「恐らくは」と書いたが、それはRangの出生が定かでは無いと聞かされているからだ。RangはPhuketで発見された。Phuketで生まれたということではない。発見されたのだと聞いている。
20年以上も昔の事である。Rangは発見された当初栄養不足で失明寸前だったという。どこをどう放浪して来たのかRangがたどり着いたのはSimon Cabaretだった。やせ細り、ほとんど眼の見えないRangは「自分らしく生きられる」場所を求めてそこにたどり着いたのだった。いったい何処から?…さあ?…。
かろうじて見えるRangの眼に飛び込んできたのは、これまたハンサムなNengの顔である。彼もまた彼女であった。NengはRangの手を取り、Simonの宿舎へと引き入れた。NengはRangを一人前のパフォーマーに育てる決意をした。
薄暗い舞台裏では完全に眼が見えないRangは、あちこちにぶつかって怪我をした。以後NengがRangの手を取り、かろうじてステージの光が見える舞台袖まで導いた。そしてRangの出番が来ると、Nengは彼の背中を押して光のステージへと送り出した。
年月が経ち、Rangの視力は回復した。そして少なくとも私の知る限りにおいて、THAILANDのキャバレー・ショー界ではNo.1の道化役に成長した。その気品に溢れる下品な芸において、彼の右に出る者を私は未だ見たことがない。
Rangは日常的にも明るく滑稽で親切で細やかな気遣いを忘れない。非常に信心深く、頬に鉄棒を貫通させ、素足で火渡りをする荒業者としても有名である。生きる場所を得、希望を抱いたRangが次に目指したのは、憧れの日本の舞台で演じることであった。
彼は15年以上も前から、ショーの後には毎晩白装束に着替え、祭壇を前にして日本公演の実現を祈っていた。私はその間、如何にして彼を私の舞台に立たせるかを考え続けた。残念ながら彼の芸風は私の音楽には似合わないのである。
7年ほど前、私はRangが演じる「I will survive」を初めて見た。タイの演歌風導入部を持った 「I will survive」のタイ・バージョンは当時ゲイのディスコでヒットしていた。Rangの滑稽なダンスに笑い、そして「マイノリティー」が演じる「I will survive」は強力にリアルであり、重厚な感動が押し寄せた。
2009年、私は「LIVE点呼する惑星」に、ある種の滑稽さを持たせることを目指してシナリオを書き始めた。そしてAstro-Hue!というキャラクターが完成した時「これでRangを呼べる」と確信した(下品さを多少セーブしてもらう必要はあるが)。
Rangはキャバレー・ショーに生きる場所を見つけ、そして一つの夢を実現させた。だが、マイノリティーとして、彼の「脱出の無い脱出」はまだ終わったわけではない。