θ=5 β=5

まるで句読点のように用いられる「テロに屈することなく」という空念仏によって、イラク侵略戦争をテロ撲滅戦争であるかのように錯覚させる「信仰」を強要するマス情報汚泥に暮らしながら、「亡き友を偲ぶ」創作に集中することは容易ではなかった。今日の時点でSWITCHED-ON LOTUSに関わる全ての作業が終了したわけではないが、概ねヒラサワの責任範囲の90%は終了したと判断し、残りは次のプロジェクトと平行して行っている。この先も続く汚泥に対する心理的な反発が能率低下につながることは防げないとしても、次のプロジェクトへの集中を高めるために、ここでSWITCHED-ON LOTUS収録曲の解説をし、心理的な句読点にしたいと思う。
「テロに屈することなく」に屈することなく。

  1. Mermaid Song
    導入部のサイズを伸ばし、音色をオルゴール的なものにし、9人の名前を読み上げ、このアルバムを捧げるというタイ語のナレーションを配置した。ナレーションはタイ人である。その後の展開はオリジナルとは異なる。すぐにリズム隊は入らず穏やかなアレンジのまま歌に突入する。サビの部分にはハモるヴォーカルを加えた。オリジナルよりも厳粛なムードが増している。
  2. SWITCHED-ON LOTUS
    久々にアコースティック・ギターを弾いた。17種類のテンポの違うフレーズを収録し、それを切り刻み、つなぎ合わせた。互いに無縁な17種類の断片が一つの調和を作り出すのが目標だったが、成功していると思う。ギターは、クラッシック的というよりも、「情熱を取り除いた軟弱なスパニッシュ・ギター」という雰囲気だ。ミディアム・テンポで楽に聞けるものだと思う。最大の憂鬱であった肉体を離れて、帰るべきところに帰る、ということの描写が歌詞の中にある。
  3. Siam Lights
    リズム隊を一切使っていない。ピアノ、ハープ、ストリングスを中心に構築されたアレンジで、オリジナルより穏やかで厳かな仕上がりである。間奏はアコースティック・ギターだ。切り刻むなどの処理はせず、一気に弾いたものである。
  4. Archetype Engine
    下品で乱暴なリズム隊に60年代エレキバンド風のエレキが絡む。テーマは60年代風バイブレーション・エフェクトを効かせたエレキ・ギターで弾いている。緻密さを殺ぐためにバカコーラスを廃止し、低音部のコーラスに留めた。ふざけたアレンジだ。
  5. Nurse Cafe
    イントロのオペラ風のお兄さんは、おねいさんのソプラノと交換された。小刻みなストリングスを加え、リズムの編成とパターンを若干変更。バカコーラスの構造を変えてみたが、これはあまり効果がなかったようだ。シンセ・ベースは、オリジナルに比べフィルターの減衰とレゾナンスを強調した下品なものである。
  6. Seh Le Mao
    タイはチェンマイ地方に伝わる民謡で、チェンマイ語で歌われている。発音が難しく、「あ」と「う」の中間や口腔奥から鼻腔にかけての共鳴を効かせた、日本語に無い発音などは忠実に再現できていない。「ご愛敬」ということで勘弁してもらうしかない。アレンジはタイのモダンポップスタイル「スティン」を模したものでテクノ・ポップに良く似ている。
  7. Kingdom
    ピアノから始まり、そのままリズム無しでサビに突入してしまう。リズム隊のパターンはオリジナルと異なり金属音やセルをピンピンに張った小パーカッション、クラベスの音などが加えられている。ヴォーカルのメロディーはオリジナルと異なる。
  8. Lotus
    高域のチューニングを若干狂わせたトイ・ピアノ(部分的には大正琴に聞こえるかも)と複数のハープが絡む構成で始まり、リズム無しのまま歌に突入する。オリジナルのポップ風のアレンジとはだいぶ違う。
  9. ハルディン・ホテル
    ストリングスとうねるシンセ・ベースを加えた。NやAehが参加したライブのバージョンに近く、タイソングのパートが加えられている。オリジナルには無いティンパニーも加えられ、間奏はバグパイプ風からブラスの白玉にサポートされたムエタイ風へと変更。コーラスの村の衆には、しっかりと音程を持った低音のリーダーが加えられた。
  10. FGG
    合掌の意味を込め、鎮魂歌としての役割を持たせるアレンジ。リズム隊は無く、ピアノ、ハープ、ストリングスを中心にした構成。女性のサンプリング・ヴォイスが曲全体の印象をオリジナルとは大きく変えている。もしも日本式の葬儀があるならば、出棺時にはこの曲で送りたい、という思いを込めた。

以上、全体的にピアノ、ハープ、ストリングスの構成が目立つ「なぐさめの音色」に仕上がっている。このアルバムによって9人の冥福を祈るとともに、私のリスナーが一時のくつろぎと、時には小さなおふざけにちょっとした笑いを得ることは、誰よりも亡くなった9人のカトゥーイ達が望むことだと信じている。

平沢 進、汚泥より。