パスの重き門-最終回
θ=4 β=6
—-それは訳せません—-
久々に会ったご両人とは会話が弾んだ。sato-kenは時々タイ語でおどける程度で、ぼーっとご両人を眺めている。しかし、ご両人はMintの存在が気になる様子。ごもっとも。斯く斯くしかじかと今までの経緯を説明。するとMinaが笑いながら言う、「タイ人はみんなそうなの。みんなこの子みたいなのよ」続いてAyaが若干ふざけて言う、「あなたのおうちの庭に沢山バナナがなるといいわね。そうしたら働かなくても済むわね」ご両人は経験豊富な先輩としてMintの就職問題について諭すように話始めた。
Mintにとっては、いくら年上でも、我々外国人の話すことにはあまりリアリティーを感じないだろう。しかし、Mint が年上のカトゥーイの言葉に耳を傾ける態度は明らかに違い、真剣みが増している。ここから先、ご両人がMintに与えた訓示はごくありふれたものだ。しかし、いたって特殊な人生を送るカトゥーイの言葉として聞くならば、そこには一味違った重みがある。だが、どうかいきすぎないでほしいものだ。墓穴を掘るはめになるから・・・。
さあ、訓示の始まりだ。Ayaが言う、「ねえMint、私が男に見える?それとも女に見える?」Mintが答える「女です。とても奇麗な女の人」
Aya:ありがとう。でも私が一日でこう成れたとは思わないでしょ?10年以上もかかってやっとここまで来たのよ。カトゥーイはね、男として生きるくらいなら死んだほうがましと思っているの。でもね、男でいるのが嫌だからといって明日から女になれないわよね?
Mina: カトゥーイはね、生まれた時から「女になる」という目標を背負わされてしまうのよ。だからね、カトゥーイの人生は目標と段階と忍耐の連続なの。それが一生続くのよ。どんなことでも、出来ることから始めなければならなくて、それが「つまらない」からと言ってやめてしまえば死んでしまうも同然。
Aya:女装して通称を変え、働いてお金を稼ぎ、次に体を変えるのに何度もを手術を受け、世間から白い目で見られないように勉強をして、奇麗で良い女の人になるために毎日気を許すことが出来ないの。
Mintは、ぼやき姉さんの「やっと次の門が見えたわ」という表現とカトゥーイの幾つもの段階を経る人生を重ね合わせたのだろう。ぼやき姉さんの表現を真似て言った。
Mint:カトゥーイは沢山の門をくぐるんですね。
Mina:そうよ。でもそれはあなたも同じなのよMint。日本で働くという目標があるなら、まずタイで沢山の門をくぐる必要があるわよね。
Mintはどうやら納得したようだった。私はここでめでたく話が終了することを願った。話題があの魔境に触れる前に。Mintがカトゥーイの最終関門にある二律背反に気付く前に。何か別の話題を持ち出そうと思った矢先、Mintが口を開いた。
Mint:LISA姉さんは目標達成ですね!
ああ、やってしまった・・・。一瞬AyaとMinaが沈黙し、Ayaが笑顔を取り戻して言った。
Aya:どうしてそう思うの?
Mint:だってLISA姉さんは完全に女だし、彼氏も彼女がカトゥーイだって気付いてないじゃないですか・・・・・・・・あっ!!!
その時Mintの口からは、ぼやき姉さんから感染した例の言葉が反射的に噴出してしまった。
Mint:そんなん意味ないやん!!!
関西弁の分からないAyaが私に向き直って言った。「今のは日本語?この子今何て言ったの?」
ああ、八百万の神々よ、私には荷が重すぎるであります。私にこれを訳せというのでありますか?私には言葉が無いであります。ああ、オートマティズムの妖怪よ、私の口を明け渡します。どうぞ勝手にしゃべってください。ええい、儘よ!私は、今のは日本の方言で、こんな意味だと前置きしてこう言ってしまった。
ヒラサワ:Mintは、最後の門は誰が開けるのですか?と言ったんだ。
AyaもMinaも笑顔を絶やさず平然としていた。
Mina:自分で開けるか、運命が開けるかどちらかよ。
Aya:LISAは今初めてその門の前に居るの。私は3度もその門を開けたわ。全部自分で。
Mint:最後の門の向こうには何が有るんですか?
Mina:地獄か安堵のどちらかね。
Aya:私は全部地獄だったわ。
Ayaは微笑んでそう言った。
完。
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追記:
こんな話がある。3年もの間自分のタイ人妻がカトゥーイであることに気が付かなかったフランス人がいる。子供が出来ないという運命が最後の門を開けた。夫は妻がカトゥーイであったことを知って激怒し、妻は離縁された。何故なんだ・・・・。
Aya は今4度めの門の前に居る。しかも相手は日本人。一方Minaはしばしば日本の地方都市にショーダンサーとして出稼ぎに行く。エージェントは承知しているが、日本の雇い主は彼女を女性だと信じている。よって、まことに残念ながら麗しのご両人の写真は公開を控えることにする。