パスの重き門-8

θ=4 β=6

—-ナーラック系とダッチャリー系—-

シンガポール出稼ぎカトゥーイたちとの歓談は一時間程度で終了。我々は緊急出動のカトゥーイに会うために別の場所へと移動する。拾ったタクシーの運転手は客を乗せているにもかかわらず大音量でタイのポップスをかけている。音量を下げてくれと頼んでも、一分後にはまたボリュームを上げる。ま、タイではこんなことは珍しくはない。しかし、J-POPのまねごとはさすがに辛い。次第に気分が沈んでくる。思えばなんと無駄な日々を過ごしてしまったことか。このまま壊れた元ホステスとぼやき姉さんに会っただけで帰国という最低の旅行になるのではないかと不安にかられた日もあった。LISAの成功談は嬉しいが、こんなことならプーケットやチェンマイに直行すればよかった、と思うこともあった。しかし、時間の浪費もこれで終わり。間もなく緊急出動のAyaとMinaが、あのカトゥーイ次元の深遠へと我々を連れて行ってくれるだろう。

ようやく騒音タクシーから解放され、通りを歩いていると、偶然知り合いのカトゥーイと遭遇した。彼女の名前は「エー」である。が、おなじみのあの「エー」ではない。容姿はよく似ているが、こっちの「エー」は小柄でちょっと太めだ。あっちの「エー」同様こっちも見事な出来栄えのパスだ。おしゃべりなのが難点で、今我々と遭遇したことなどは3日以内にプーケット組やチェンマイ組に伝わってしまうだろう。一緒に来ないかと誘ったが、これから彼氏に会いに行くところだという。しかたない。しかし、後でいろいろと面倒なので、今日会ったことは口止めしておくべきだ。

ヒラサワ:今日会ったことはプーケットやチェンマイには言うなよ。

エー:口止め料。

と言って手を出すエー。

ヒラサワ:これから彼氏に会うんだろ?口止め料。

と言ってヒラサワも手を出す。冗談とはいえ卑劣な駆け引きで勝利した私は「エー」と別れて目的地へ。

私はタイプの違うカトゥーイに緊急出動を要請しておいた。ナーラック系とダッチャリー系だ。ナーラックとはいわゆるカワイイ系で、ダッチャリーとは大人っぽい、おすまし系だ。私はLISAをダッチャリー系に分類していたが、それは職場でのキャラで、プライベートではナーラック系に変身する。我々の前ではナーラックだったLISAにすっかり骨抜きにされてしまったsato-kenのためにAyaは効果的なナースとなり得るだろうか・・・。さて、ご両人のお出ましだ。

「はじめまして、私の名前はAyaです。どうぞよろしく。あなたのお名前は何ですか?」美しいフォームで合掌をしながらキレイな日本語でsato-kenに挨拶するナーラック系のAya。同じく合掌しながら早口の英語で挨拶するダッチャリー系のMina。「スアイマーク(めちゃ奇麗)・・・」とsato-kenはため息交じりにタイ語で言い、自己紹介を終えると私に向き直り、「師匠!どうしてこんなお友達が居ること今まで隠してたのお!」と、病的なテンションを復活させて言った。別に隠してたいたわけではない。sato-kenや読者諸君は、ヒラサワが7年もかけて築いたカトゥーイ人脈の、ほんの入り口に居るだけだということを早く悟りなさい。ご両人はLISAとも仲良しだが、今までsato-kenに会わせたことはなかった。誇らしげなヒラサワ。ご両人にくぎづけのMint。すでに骨のメルトダウンが始まっているsato-ken。

これだ、このニュアンス。カトゥーイが一瞬にして創り出す麗しく治療的な空間。あらゆる動作で工夫された効果的なフォームを実践し、絶やさぬ笑顔と柔らかい語り口調で場を支配してしまう。厳粛さを持ったくつろぎとも言える、このカトゥーイ次元のどこか懐かしくもある豊かな安堵のために我々は大枚はたいてバンコクまで来たのだ。