物語


物語

 あの日、通販で買った荷物が届いた。それは有機栽培されたフルーツの詰め合わせだ。梱包を解こうと荷物に手をかけた瞬間何かが起こり、気が付けば私はここに居た。その時から間もなく3週間が経とうとしている。

 ここが何処なのかは、話したところで誰も信じないだろう。だからあえて説明はしない。この壁の崩れ落ちたレンガの穴から、私の元にあの荷物が届くのが見えた。どうやら時間がずれているようだ。おまけにここでは物理法則の一部が働いていないようにも感じる。穴から見える物の大きさの比率がおかしい。今は何もかも静止している。そこには依然として梱包が解かれないまま、あの荷物が置かれている。

 もしもサンミアの声が聞こえなければ、私は不安と退屈で頭がおかしくなっていただろう。サンミアの声はこの部屋の全体を振動させて私に届く。サンミアが今まで私に話してくれたことによれば、彼女はAmputeeと呼ばれる特殊な種族の一員で、いま私がここに居る理由も知っている。Amputeeは身体の一部を「Source」と呼ばれる空間に存在させることによって我々には不可能な事を成しえる能力を持っているのだ。
 「Source」とは、可能な全ての物語がその発動を待ち受けて待機する空間である。

 サンミアによれば、あの日以来世界は静止状態にあるのだという。静止とはいったいどういうことか。ここでサンミアに教えられたノモノスとイミュームの話をする必要がある。少々複雑だが避けるわけにはいかない。

 世界は物語によって動いている。つまり、全ての人は物語のプレーヤーとして世界を共有しているということだ。サンミアによれば、世界を動かす物語は、ノモノスとイミュームによって作られているのだという。ではまずノモノスの話からしよう。

 ノモノスは元来何でもないものである。それはノモノスそのものである。ノモノスがそれそのものとして然るべき場所にあり続ける限り、世界を動かす物語は比較的バランスよく流れる。バランスが良いとは、幸福も不幸もそれなりの比率で動いているということだ。それが今静止している世界の物語とノモノスの関係だった。しかしノモノスは、物語が変われば変わってしまう。ある物語では魚の骨格であり、またある物語では通貨であるように。ノモノスが何であるかは、その物語が持つ壮大な文脈と、めくるめく因果関係の結果なのである。

 イミュームとは「花」として知られている生物だが、イミュームの最も重要な活動について人類はまだ気づいていない。というより、それは人々に知られないよう長い間隠されて来たのだそうだ。その活動とは「物語の生成」である。

 イミュームはサファオンに対する反応として物語の原型を生成する。サファオンとは「感情」「記憶」「思考」が相互作用する時に生じるパターンのことである。 サファオンには、個人のサファオンと集合的なサファオンがあるが、イミュームはどちらか強いほうに反応する傾向がある。当然のことながら、人間もその生成された「物語」の影響を受けてサファオンを変化させる。「物語」が先か、「サファオン」が先かは鶏と卵のような関係にある。サファオンとイミュームの活動が活発になり、物語の原型が変更されることを「乗り換え」という。「乗り換え」は頻繁に起こるらしい。サンミアによれば、現代人のサファオンは不安定で極度に歪んでいるという。

 さて、これでようやく私がここに居る理由を話せるようになった。あの日私が荷物の梱包を解こうと手をかける瞬間まで、ノモノスは何でもないものとしてある植物園の何処かに人知れず落ちていた。ところが、その植物園で子供がノモノスを発見し、母親に「あれは何か?」と尋ねたのだった。元来何でもないが、奇妙な形のノモノスを恐る恐る取り上げた母親の極度に歪んだサファオンに植物園中のイミュームが反応し、ノモノスを爆発物に変えたのだった。それに続く物語の悲惨さを察知したサンミアは即座に物語を停止させ、危険なノモノスをSourceに帰した。そしてサンミアは私をここに閉じ込めた。何故私が選ばれたのか、サンミアは教えてくれない。しかし、この部屋のもう一つの小窓からAmputeeの身体の一部が存在するというSourceの世界を覗き見ることができることから、私は物語の再起動に関わっているのではないかと考え始めている。

 さあ、もう少しで今日の日記は終わりだ。サンミアが起きる前に書き終えてしまわなければならない。昨日サンミアは言った。「もう少しで発端が来る」と。それは物語が始まる最初の小さな関係のことだと言う。外から誰かが私を呼ぶ時が来る。それが発端だ。私を呼ぶ者たちはこの3週間の間、Amputeeのサンミアによって幻覚を見せられて来た。彼らがこの3週間の間に体験したことは、何一つ起こってはいない。全ては、静止した世界で見せられた幻覚だ。

 いけない! サンミアが目を覚ました!

物語1

物語2

物語3

物語4

物語5

物語9

物語6


用語解説

反射

世界を動かす「物語」のこと。Amputeeはそれを「反射」と呼ぶ。

ノモノス

元来、純粋ノモノスは何でもないものであり、意味も役割も無いが、帰属する「反射」によっては意味と役割を持つ場合がある。ある「反射」では魚の骨格であり、ある「反射」では通貨であり、機械の一部や装飾であるノモノスもある。

イミューム

花として知られる生物。イミュームは人間のサファオン(思考、感情、記憶の混合物に生じるある種のパターン)に反応して「反射」を作り出す。

サファオン

感情、思考、記憶の混合物に生じるある種のパターン。イミュームに影響を与えると同時に、反射から影響を受ける。

Source

確率的に全ての可能な「反射」を含んだ空間。

幽霊船

有意義な「反射」になり得るサファオンでも「前例が無い」「飛躍的過ぎる」などの理由で社会から暗黙のうちに拒絶されるサファオンがある。そうしたサファオンが採用される可能性に賭けて10年後の世界へと運ぶ船。

乗り換え

ある「反射」から別の「反射」へ移動すること。

冠毛種子の大群

人工イミュームの大群。どこから来るのかは不明。

Amputee

身体の一部がSourceに存在する人。「反射」が生じる過程を知っており、Sourceから情報を得ることができる。Sourceに存在する身体の機能を補う部位は、可能性と実体の中間的な位相を持つため、その中の空間は物理的な制限が一部無効となる。

物語8

物語10

物語7




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