パスの重き門-3

θ=6 β=4

—-ICE-9は燃えない—-

常時病的にテンションの高い sato-kenが朝から浮かない表情である。朝食をとりながら聞いてみれば、「毎日LISAに会うのを楽しみにしていたのにガックリ」だという。なるほど、気持ちは分る。こうしてヒラサワが何度も何度もタイのカトゥーイについて話すのは、それがあまりにも特異な経験だからだ。それが女性の感受性に触れるかどうかは不明だが、タイのカトゥーイ体験には男性の心中を深く揺さぶる何かがある。現代の都市生活で喪失した原始的な心像を掘り起こされるような、静かな感情の激震がある。

「修行が足りないね」とsato-kenに言うヒラサワ。LISAとお別れしただけでそんなんじゃ・・・私なんかもう9人以上とお別れしている」

sato -kenが今経験している喪失感を私よく理解できると同時に、それは創作者にとってとて有意義に作用することも知っている。私は帰国後にいつも同じ感覚に見舞われる。その喪失感の深くに潜入し、あの豊かな経験のスイッチがどこにあるのか探査することは、多大な創作意欲刺激する。

sato-kenは号泣するフリをしながら言った。

sato-ken:師匠ぉ〜・・・私が死んだら棺にLISAの写真をいれてぇ〜〜〜 え〜ん えんえん・・そのかわり、師匠が死んだら棺にICE-9を入れてあげるから・・・・

ヒラサワ:そんなことしたら火葬場のおじさんに叱られますよ。

sato-ken:え!? どして? どして?

ヒラサワ:ICE-9は不燃物だから。

さてどうしたものか・・。これからの数日、sato-kenの浮かない顔を見続けるのもうっとうしい。しょうがない。旅の後半に、sato-kenに予告なく会わせようと思っていた人物を引っ張り出すか。私は部屋に戻り、Bangkokカトゥーイ人脈の中から2人のパスにE-Mailを送った。運が良ければ明日にでもご登場願えるだろう。

★用語解説★

ICE-9:Live、トーキョー・ビストロンで初登場したヒラサワのエレキ・ギター。カスタム・メイドのTALBOで、金属製のボディー全体にクローム・メッキが施されている。