θ=7 β=3
—-Phase-5
レストランへようこそおかえり。
ディアオ姉さんから携帯を借り、Aehの職場へ電話をする。しかし、レストランの開け放たれたドアから蚊が舞い込み、我々のテーブルの上を徘徊している。おい、蚊は入るし電力の無駄遣いだぞ。三人娘は自分の支給したフルーツと、私の周りを飛び回る蚊を交互に見つめるような雰囲気だ。平常心の彼女らならゲストが蚊に刺されはしないかと心配するだろう。通常なら「ユン!(蚊!)」と言ってさっと手が伸びてくる。まして外国人が刺されるのは一層心配なはずである。しかし、今舞い込んだこの蚊は彼女らに新たな戦略の可能性を示唆したのかも知れない。私が刺されれば、新たな献身のチャンスが舞い込むはずだから。どうだ?いっこうに手は伸びて来ない。おそらく彼女らの頭の中は今こんなふうだ。
「刺されろ!」「刺しちゃダメ」「刺されろ!」「刺しちゃダメ」「刺されろ!」「刺しちゃダメ」
Aeh:兄さんお帰りなさい。
ヒラサワ:元氣だったか?
Aeh:昨日まではぐったりだったけど、今日は元氣よ。今どこに居るの?
ヒラサワ:連中と一緒にレストラン。オマエがヒラサワ番だと言ってやってくれないか?
Aeh:そんなの無理よ。いじめられてるの?
ヒラサワ:いや、そうじゃなくて。ところで課題はどうだ?
Aeh:三分の一達成。早いでしょ。
ヒラサワ:早いな。それでくたくただったのか?
Aeh:まさか。私は宿題を溜めたりしないわ。兄さん、聞いてよ。
と言ってAehが話したことを要約するとこうだ。
Aeh はメイクアップとヘアカットの技術を持っている。毎月決まった日には、美容師数人と貧しい村に行き、無料で散髪をするのだという。数日前、総勢6人で出かけた村では、散髪を希望する大勢の人たちが集まったのだ。Aehを含む6人の美容師はそれぞれの前に並ぶよう散髪希望者に促したが、何故か皆Aehの前に並ぶのだという。何度お願いしても、Aehの前から離れない。ごもっともだ。研究され、訓練された笑顔。柔らかな物腰。音声成分と息の成分が絶妙に合成された心地よい話し方。長身でスタイルが良くおしゃれでキレイなお姉さんは見るからに親切そうで、村の人々に安心感を与えるに違いない。通常こんな女性が居たらむしろ敷居が高そうで敬遠されるだろう。しかし、そこは気合いの入った試練のカトゥーイだ。自らの公共への開示の仕方が違うのだ。彼女らは、もしも彼女らが、そのての本物の女性のように気取ってしまえば生存不可能となる被差別種であることを良く知っている。だから、「違う」のだ。そこをかぎ分けることが、カトゥーイをカトゥーイと見破るコツでもある。やさしそうに見えるカトゥーイは、本当にやさしいのだ。
さあ、どうせならそんなお姉さんに散髪してもらいたいだろう。違うか?ちなみに彼女は、スッピンの至近距離10センチで見ても女性にしか見えない。しかし、もしもあなたが、これから何十人もの散髪を一人でこなさなければならない彼女の身を案じ、少しでも労働を減らしてやりたいと思うなら、その方法が無いでもない。知りたいか?いや、教えられない。でも知りたいな・・・? よろしい。あなたが彼女を思いやる気持ちに応じて教えよう。絶対に彼女には言わないという約束に応じて教えよう。彼女の前に列を成す男どもにこう言えばいい。
「おい!そいつはシリコンだ!」
対カトーゥーイ地球規模的閲覧不許可。対ヒラサワ殴打許可。罵倒許可。悔恨。自己批判。自己嫌悪。超謝罪。免責懇願的超土下座。
本当に言ったら殺すぞ。絶対殺すからな。
話が逸れてしまった。結局彼女は大勢の散髪を一人でこなし、疲れ果てて帰宅した。
Aeh:もう疲れて疲れて、昨日仕事さぼっちゃった。
ヒラサワ:そうか、じゃあ一日ゴロゴロしてたわけだな。
Aeh:でも、一日ゴロゴロしてると退屈で、夕方は起きちゃいました。
ヒラサワ:散歩にでも出かけたか?
Aeh:いいえ、外出する元氣は無いわ。熱帯魚で遊んだの。私の部屋に居るでしょ、熱帯魚。
ヒラサワ:ほー、そりゃ気持ちも安らぐな。
Aeh:それでね、あれ?あれ英語で何て言うんだっけ?ほら、髪を切る時に使う・・・
ヒラサワ:ハサミのことか?
Aeh:あ、そうそう。そのハサミでね
ヒラサワ:言うなっ!!!!!!!!!!!!!!!!