θ=8 β=2
—-Phase-7
ワゴン車の最後部座席には乙と丙、その前にはsato-kenと甲。最前列には私一人。Waiは助手席だ。三人娘は寝不足でいかにも眠そうだが、前回我々の遺跡巡りに同行した際、熟睡してしまうという失態を見せたため、今回は意地でも起きていようという姿勢らしい。彼女らが起きていてくれる限りにおいて、期待できる楽しみがあ。ほとんどのタイ人は、寺院や街角に設置された祠の前を通る時にはWai(合掌)をする。ほとんどのタイ人と言ったが、例えば、日本化あるいは西洋化されたツアーガイドや運転手などはあまりWaiをしない。格好悪いとでも思っているのだろうか?一方で、Waiをしないカトゥーイは見たことが無い。とりわけカトゥーイのWaiはそのフォームが美しい。何度でも見たいものの一つである。Waiのために動かされる関節を頂点とするペアレント構造の末端に行くに従ってオフセットがかかり、段階的に移動スピードを遅らせて到達する最終姿勢までのプロセスの約2秒間で、周囲に美しく柔らかい誠実な空間を発生させる。形に力と原理を降ろし、Waiの対象と通じる神妙な一瞬だ。そのフォームはWaiをするものとその対象との関係を超えて、周囲のものをも対象の前へと押し上げるような、公共的な作用を生み出す。小西健司をして「一級の美術品」と言わしめたタイ・カトゥーイの仕草の集大成のようである。運良く、市街地を抜ける間に、何度か三人娘のWaiを鑑賞することができた。そして再び、
「掻いちゃダメ」
とその時、最後部座席に居た乙が狭い車内で立ち上がり、私の隣の席までにじり寄って来た。「腕を出してください」と言って彼女が取り出したのはPOY-SIANだった。しかもMark-IIだ。POY-SIANというのは、口紅状の容器に入っており、キャップを開けて鼻から吸い込むもので、主成分はメントール、それにカンフルが少々含まれている。日本製のかゆみ止め液体塗り薬にも含まれている成分だ。POY-SIANは主に、眠気や鼻づまりの解消、気付けなどの目的で使われる。乙は手早く容器を分解し、中から液体を取りだして私の腕に塗りつけた。実に嬉しそうに、にこにこしながらやっている。他の二人は、ムっとして外を見ている。乙は、寝不足になると鼻の通りが悪くなるという体質で、今日眠気と鼻づまりを解消するためにPOI-SIANを携帯していたのであった。POI-SIANは効果的であった。痒みは消え、以後乙はその効果が切れた時に対処するため、ずっと私の横に居ることになる。
「明日もまだ掻いているのを見つけたら、あなたは私と一緒に病院に居ることになります。」
他の二人はもう一度ムっとした。