θ=5 β=5
引っ越し先は80人の細胞となり-5
LiLi
私が知っているLiLiは通常天井から落ちてくる。しかし、新装TANGMOは吹き抜けで天井は高く、いつものように登場するのは不可能だろう。そんなことを考えながらLiLiの出番を待っていた。音楽が「証誠寺のたぬきばやし」に替り、着物を着たLiLiが扇子で顔を隠して登場。直立して、そのまま、「しょっしょっしょじょじ」と、ほぼワンコーラスが終わろうとしているのに顔を隠したままで何もしない。何もしないのに可笑しい。笑わそうとする仕掛けがどこにも無いのに、ヒラサワは笑いが止まらない。ようやく扇子を降ろして顔を現すLiLi。殴りたいほどみすぼらしいメイクで場内に貧相が充満する。貧相過多。夢見そう。どうかしてLiLiはこちらにジリジリと近づいて来る。マズイ。私はTANGMOに知り合いは居ない。「ヒラサワをネタにしない」という協定が無い。かつて小西がRangにネタにされ、ステージに引っ張り上げられてオカシな踊りをさせられたことがある。しかし、Rangはそれでも抑制のきいた芸人だ。それに比べてLiLiは壊れている。何をさせられるか分からない。もはやLiLiは私の真正面に居る。視線はヒラサワと、その隣のNicoに向けられている。たのむ、やるならNicoにしてくれ。LiLiは「証誠寺のたぬきばやし」をクチパクで歌いながらNicoを指さした後ヒラサワに視線を向ける。そして、ジェスチャーで、「あんたは、その女に騙されている」という表現をする。さらにLiLiのボディー・ランゲージは続く。
「その女は、ここはこうなってるけど、ここはこうなっている」
「いいかい、ようくお聞き。その女のここはこうなってるけど、ここはこうなっている」
「あんたは騙されているんだよ。なぜなら、その女は、ここがこうなっているにも関わらず、ここはこうなっているんだから」
これは拷問だった。私はNicoがPre-opかPost-opか知らない。Post-opなら大いに笑えようが、Pre-opなら笑えない。Nicoがどんな反応をしているのか、怖くて見れなかった。しかしLiLiは容赦なく続ける。これだけで最後まで通すつもりだ。
「なぜなら、その女のここはこうなっていて、それなのに、ここはこうなっている」
「例えば、ここがこうだとしても、こっちはこうなっている」
ヒラサワが笑い出すまで続けるつもりだ。苦しい。
「まだ納得しないなら、これでどうだ。こっちはこう! こっちはこう!」
後は書けない。そして曲が終わった。すると場内にタイ語のアナウンスが入る。「ジープン」という単語だけが聞き取れた。「ただいまのは日本の伝統芸能でした」とかなんとかテキトーなことを言っているのだろうか。それなら同調してやってもいいが。そしてアナウンスは英語になる。
「本日は日本から特別なお客様が見えています。歌手の方です」
ほう、気の毒に。よりによってTANGMOに漂着してしまったとは。それにしても自分が歌手だと明かして入場するなんざぁ野暮だね。それともタイ人にも一目で分かる程の有名人なのか。いったい誰だろう、とヒラサワは場内を見渡す。するとLiLiも「日本の歌手はどの人かなー」と言いながら客席へと降り、こちらに向かってくる。ん?ヒラサワ、周囲を見ても、振り向いても日本人を見つけられない。まさか・・。イヤ、そんなハズは無い。LiLiのマイクがヒラサワに突きつけられる。え?!!
「名前をどうぞ」
え?私?え?
「あなたの名前はなんですか?」
え?え?そうなの?どして?え?私の名前はヒラサワです、とタイ語で答えてみる。
「ハラサワー!」「みなさん! ハラサワーさんです!」
すると、客席の隅に居たTANGMOが、
「違うよ、ヒラサワだよ!」
主、恐るべし・・・。
その後LiLiは私の手を取り、ステージに連れて行こうとした。頼む、それだけは勘弁してくれ。早く照明を暗くして!ヒラサワ必死で拝み倒し、許しを乞うた。もういいでしょヒラサワなんか。それよりLiLi! LiLi!
ショーは終わった。ヒラサワはLiLiと記念撮影。そしてTANGMOとも2ショットの記念撮影(先にも書いたが、実は写真は撮れていない)。TANGMOはしきりに「明日も来るでしょ?」と言った。「今度プーケットに来る時は必ず電話してね。ホテルからなにから全部手配しておくから」「明日も来るでしょ?」 LiLiにチップをはずみ、TANGMOには「またいつか来る」と告げ、SWITCHED-ON LOTUSを渡した。かくして我々は、パラダイの夜に消えた。
(続く)