θ=7 β=3

要BGM(ナーシサス次元から来た人)

見よ、男が今路上で果てようとしている。空腹ゆえに。その男、平沢進25歳は今、道端に仰向けに転がり、幸福そうな薄笑いを浮かべて動かない。そして、ほんの数秒前に「死よ、やって来るなら今だ。人生はめっちゃ面白かったぞ」と、か細くつぶやいたところだ。

みっともない。

飛ぶ鳥も落とす勢いのおまえが餓死などという生臭い理由で果てるとは。愚か過ぎてあくびが出る。おまえは最後の600円で食い物を買い、私はその600円で「食べられる雑草」の本を買って命を繋いだ。おまえは愚かな上に不運だったということだ。他のメンバーがバイトで食いつないでいる時も、面がわれているゆえにバイトもできないとはな。しかし、飛ぶ鳥を落とす勢いのP-MODELがバイト?いかにも音楽業界らしい。ムカつくほどバカバカしい。私は全て振り払ったぞ。私の周りにはもう、業界人など1人も居ない。それを知らせようと思って覗いてみれば、そのザマか。しかし、私とて40歳までは生きられないと思っていた。いずれ今のおまえのようにのたれ死ぬのは確実だと思っていた。おい、聞いてるか?

私は600円でおまえの人生を買った。途中40歳までは生きられないとは思ったものの、この歳になるまで生き延び、今では多くの他の人々より長く生きるだろうと確信している。幸い私は、食い物に執着しないタチなのでね。600円の分岐。おそらくここに来る途中にも分岐はあったに違いない。40歳前にのたれ死んだ私も居るはずだ。しかし、それはもうどうでも良い。これだけ標準から外れた人生は面白すぎる。

私がどこから話しかけているか、おまえには想像もつくまい。Phuketだ。遠浅の海に浮かんだボートの上だ。遠くには聴衆が居る。何の聴衆かって?話しても分からんだろう。私は今外国に居て、美女達と仕事をしているところだ。想像できまい。その美女達は普通の女性とは違う。おまえがあるスタジオに向かって道を歩いている時、突然おまえの足首をつかみ「お兄さん足細ぉーい」といった女性を覚えているか?深夜の博多で1人裏路地巡りをしている時、おまえの前に立ちはだかり、「お話したい」と言った長身の女性を覚えているか?御徒町の信号待ちで、おまえが運転する楽器車の助手席に勝手に乗り込んできた女性を覚えているか?確かにおまえは何故このタイプの女性に縁があるのか疑問に思った。しかし、その後この国で起こったことを誰が予想し得ただろうか?今私の周りに居る美女たちも皆同じタイプの女性達だ。私は彼女達をSP-2と呼んでいる。かくも大勢のSP-2に信頼され、この国の何処へ行っても彼女達から丁重な扱いを受け、充分過ぎるほど親切にケアされている。この意味において、私はおそらく、世界でただ1人の存在だろうと思う。何故そうなったのかは正直よく分からない。この国を歩けば歩くほど、そうなってゆく。この66億分の1の確率を私の身の上で成就させたのは誰だ?彼女達が私に強靭なマイノリティーの匂いを嗅ぎつけ、共感を覚えるからだという説明は充分ではない。私は常に何かの布置を正確に踏んで歩いているのだと思う。私はこの才能を「ノイズ」と呼ぶ。

寝坊したおかげで7万円の機材をタダで入手したことを覚えているか?自分の大きな不可能性を店のおばちゃんに告白した次の瞬間それは可能性に転じ、2時間後には成就したことを覚えているか?私がプロのミュージシャンになったのは、修理に出したギター・アンプの上にあの男が座っていたからだ。アイツがあの日、スポーツ観戦に夢中になっていなければ、私は一生人前で歌など歌わなかっただろう。全ては、想像を絶する低い確率で起こり得る複数の出来事が、正確な順番で成就した結果だった。

おい、まだ死ぬな。もう少しだ。

意識が遠ざかるおまえに説教はすまい。だが、私を見ろ。おまえのフィナーレにとって充分に面白い出し物だ。ハイブリッド・カーに乗り、フリップ・スタルクのLED時計を腕にはめ、クローム仕上げのギター、クローム仕上げのリュック、服は上も下も黒、そしてこの美女たち。今のおまえには想像もつかないものに囲まれている。おまえなら楽しんでくれるだろう。私はこの全てを600円で買ったのだ。生きることの前には天文学的な数の選択肢がある。だが、愚かにも最良の選択肢を心得ていると錯覚したおまえに今、死が訪れようとしている。おまえは私の恥だ。しかし、死は厳粛だ。それは、おまえがノイズへと帰還する最後の手段。さあ、そろそボートが桟橋に着く。ここから”看取る”者をおまえに送ろう。突風のワゴン車で間もなくおまえの元に着く。おまえを看取るのはSayaだ。

さあ、死ね。

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